『ここから』
「大学とはこんなものなのだろうか…」
私は虚空に向かって呟いていた。
つい数ヶ月前、町一番の進学校を卒業した私は、周りが希望する通りそこそこ有名な大学に進学した。
名前を聞けば、ああ、と手を打つような、そんな所だ。
本当は進学する気は毛頭なかった。
が、私には迷っている人々を導くことができる力があるから、とあいつが大学進学を勧めたのだ。
誰よりも信頼しているあいつが言うのなら、私も渋々頷くしかなかった。
それ以前に先生や両親からも進学について耳にたこができる程念を押されていたしな。
「どうしたの、ため息なんかついて」
「いや…想像していたところとは少し違うな、と思ってな」
もっと勉学に勤しんだり、授業も音声レコーダーというものを用意して受けたりするのかと思っていたが、現実は全く違うようだった。
高校の時よりも授業らしい授業ではなく、皆が講師に気づかれないようにしながら好き勝手やっている。
時には、私の隣の席でチャラチャラした男が女の子をナンパし始めたことも少なくない。
正直、期待はずれだった。
私はこんなところに通うために、大切な人との時間を割いてまで進学したのか。
そう思うとバカバカしくなった。
「まあ、そうだよね。もっと学生ライフって感じなのかと思ったら、高校より自由度が増した無法地帯、っていうか」
「だよねー。なんかこっちまでどうでもよくなってくるよ」
入学したばかりの時に知り合った相沢と駒宮が呆れたように言った。
他者から聞けばただの愚痴なのかもしれないが、私はおおいに同意していた。
私は、なんのためにここに来たんだろう。
そう思いながら重たい足取りをアイツの元へ向けていた。
「ただいま……といってもまだこの時間では帰ってきていないか」
時刻は17時になったばかり。
定時がこれくらいでも大抵残業が付き物の仕事だからあと1時間くらいは遅れてくると見込んでもいいだろう。
早く、会いたいんだけどな……。
「とりあえず夕飯の支度をしよう」
通学用の鞄を部屋の隅に置くとエプロンを着けて支度を始める。
今日は餃子にしよう。
できあがった時のことを考えるとあいつの嬉しそうな笑顔が浮かんできて顔が綻んだ。
ああ、私はあいつに会っていなくても幸せにしてもらっているんだな。
それはどんな最先端技術よりもすごいことだと思えた。
餃子の餡を皮に包み、形ができあがる。
ちょうどその工程が終わったころに玄関の方からコツン、コツンと鉄製の階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
時計を見ると18時30分になろうとしているころ。
うん、今日も頑張ってきたんだな。
私は手を拭いて玄関まで急いだ。
「おかえり、朋也っ」
「ああ、ただいま」
玄関で待ち伏せしていた私に少し驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの笑顔を見せてくれた。
「今日も残業だったんだな、お疲れ様
そう言って鞄を受け取り、私の通学鞄の隣にたて掛ける。
朋也は風呂場の方へ向かうと、手洗いうがいをして帰ってきて私に向き直った。
「まあな。でも今日は簡単な作業だったから、そんなに疲れてない」
「そうか。お腹減っているだろう?今日は餃子だ」
「おお、餃子かっ!智代の餃子はどこの店よりもうまいんだよな」
そんなことを笑顔で言ってくれる。
私まで嬉しくなってしまうではないか……。
そうして私は顔が綻んだまま餃子を焼く作業に移る。
「大学はどうだ?もう入学して2週間くらい経つだろう?」
「ああ……」
胸のもやもやの核心を突くかのような一言に私はどう言ったらいいものか分からなくなってしまった。
正直に『期待はずれだ』と言ってしまおうか
でもそれは、私に大学を勧めてくれた朋也やみんなに失礼だ。
しかし、どうせ嘘をついてもばれてしまう。
朋也と私はもうお互いに何を考えているのかある程度は分かる関係になっていた。
だからなんだろうな、こうやって悩みのタネをズバリと言い当てたのは。
「なーんか腑に落ちない感じだな。この2週間で何かあったのか?」
卓袱台の前で座りながらこちらを振り向いて尋ねてくる朋也。
どうせ嘘をついてもばれてしまうのだから、と私は正直に話すことにした。
「……なんのために進学したのか分からなくなってしまったんだ」
「……ん?」
私は餃子を焼く作業を一旦やめて朋也の正面に座った。
朋也は私をまっすぐ見て次の言葉を待っていた。
「みんなに背中を押してもらったからにはきちんとした大学生活を送らなきゃいけないって、それはちゃんと分かってるつもりだ。進学だって私一人の力でできることじゃない。両親が高い学費を納めてくれているおかげでもあるし、朋也や鷹文が後押ししてくれたおかげでもある。だから、その想いに応えたいんだ。」
堰をきったように言葉がどんどん溢れてきた。
私はどうして朋也の前だと思いを伝えるのが上手になるんだろう。
……いや、違うか。
朋也の前だから、素直になれるんだな……きっと。
「でも……でも、ここ2週間大学という所に通ってみてがっかりした。みんな勉学に励んでいるのかと思いきや、授業中は居眠り、私語は当たり前。挙句に偶然隣に座った女子を口説く始末だ。正直、わけが分からなくなってしまったんだ……私は、私はここに何をしに来ているんだろうって」
「……そうか」
朋也は少し俯いて、考えるように顎に手を当てた。
正直、こんな弱音を吐いてしまった事を後悔した。
これが、背中を押してくれた人に言う台詞なのだろうか、と。
とりあえず、謝らなければと思い口を開こうとしたその刹那。
「いいんじゃねーか」
「……え?」
いきなり突拍子もないことを言われ戸惑っていると、
朋也は卓袱台の上に置いていた私の手をとって微笑んだ。
すごく気持ちが落ち着いていくのが自分でも分かる。
「きっとガキが多いんだよ。お前みたいに誰かのために頑張ろうなんて微塵も思っちゃいないのさ。でも……いいんじゃねーかな、それで」
「……どういう意味だ?」
「お前は気を張りすぎなんだよ。誰かのためとかじゃなく、自分がしたいことをしてくればいいんだ。あぁ、その男たちみたいにナンパに走れと言ってるわけじゃないぞ。むしろするな。」
「当たり前だ……」
「でもさ、もう少し気楽にやってみろよ。そうすりゃ視野が広がって、自分がどうあることがベストなのかきっと見えてくる。俺が大学を勧めたのは、そこでひたすら頑張ってほしいからとかじゃなくて、もっとたくさんの出会いをして欲しいと思ったからなんだよ。その中の何人かはきっとお前を必要としてる。ずっとお前を待ってる。勉強ももちろん大事だと思うが、そこまで肩肘張らないでもいいと思うぞ、俺は。」
「そう……だろうか」
朋也の言葉が身にしみるようだった。
私は、何を焦っていたんだろう。
どうしてこんなにも気を張りながら過ごしていたんだろう。
朋也の言葉で今までの時間が疑問に満ちてきた。
「なあ、朋也……?」
「ん?」
その先が、出ない。
口にするのが怖いのだろうか。
そうして固まっているといつの間にか私の後ろに回っていた朋也が背中から包むように抱きしめてくれた。
それだけで、何故か安心してしまう。
「私はこれからも頑張っていけるだろうか…。お前の、傍で」
ずっとずっと、大学を卒業しても、私はお前の傍にいてこうやってまた背中を押してもらえるだろうか。
こんな私でも、傍にいていいのだろうか。
「そりゃ先のことは分からねえな。頑張りはお前次第だ。」
「そう、だな……」
「でもこれだけは言える」
「え……?」
「ずっとこれから先も一緒だ。
俺たちの愛は永遠だ」
「……うんっ」
「だから、楽しんで来い。大学も、お前自身の人生も。
なんか失敗したら俺が責任もって嫁に貰ってやる」「なんだそれは」
思わず笑ってしまった。
やっぱり朋也でよかった。
本当に。
「おはよーっ」
「おはよう」
席に着いた途端、相沢がやってきて隣の席に座った。
もうそろそろ1限の授業が始まるというのにちらほらとしか生徒がいなかった。
「今日も遅刻者多数決定だね。こまみーも電車で足止めくらってるみたいだし」
「駒宮も遅刻か。まあ、電車では仕方がないな。」
「だね。…ああ、でもさ、知ってる?あの子」
相沢はそれだけ言うと広い講義室の隅の方で座っている女の子を指差した。
俯き気味にノートをぺらぺらとめくっていてここからでは表情は全くうかがえない。
「あの子がどうかしたのか?」
尤もな疑問を投げかけてみると相沢はうーんと頭をひねって怪訝そうに言った。
「それが噂で聞いたんだけど、なんかあの子んち大変らしいのよね。先生たちもよく様子を聞いてるらしいんだけど必要最低限しか答えなくて、もう匙を投げたって。」
「大変とは……どういうことなんだ?抽象的すぎて分からないぞ」
「私もよく分からないんだけど…ほら、入学したてのころに健康診断あったじゃない?
心電図をやるんで服を捲った時に無数の痣があったって話らしいよ?」「それは……」
私はその先を言えなかった。
事情はよくわからないが、話を聞いた以上放ってはおけない。
私は立ち上がってその子の方へと向かった。
これはこの子に関しての全てが終わった時の朋也の言葉だが、
「俺が思った通りだな。お前はいい方へその子を導いたんだよ。
その子はずっとお前を待ってたんだ。」と言いながら抱きしめてくれた。
その逞しい腕の中で私は確信した。
私はこうやって朋也と共に歩んでいくのだと。
〜あとがき〜
遅くなって申し訳ないです(汗
書き溜めしてたパソコンがとうとう召されやがりまして
一緒にSSデータも昇天しました(泣
なので急遽新しいパソをお家に迎え、
思いだして一から書き直したものなのでなんだか乱文になってしまって申し訳ないです
まだ頑張って書きます><←え